チベット旅行中にフリーチベットTシャツのせいで国外追放になったけど、その後訪れたインドのダラムサラでダライラマに会えた日本人夫婦の旅行記

不思議なめぐり合わせ

チベット旅行〜国外追放〜ダライラマに会えた!

不思議なめぐり合わせ  



筋肉という筋肉がゆるんでしまうような  

雪のヒマラヤを何の登山装備もなしに、それもスニーカーで超えたのが1989年、
チベットの暴動で強制退去させられた時でした。
ヒマラヤ
チベットからネパールに抜けるヒマラヤの雪道は、道とは名ばかりの両足の幅分だけの、
前の人の踏み跡をたどっていく線のような道が、崖の斜面に続いているのです。
すべって落ちたら五百メートルぐらい下まで何もつかまるものもない崖道で、
私は恐くて二度立ち往生してしまいました。
一度目の時はOM(オーム)チャンティングを五分位して、どうにか続けて歩けるようになり、
二度目の時は足も心もすくんでしまって、ただヘタヘタと坐り込んでしまったのです。
先を歩いている妻はカーブを曲がって私が坐り込んでしまったのに気づかず、
呼べども聞こえずで、ただ呆然とするばかりでした。

チベットの少女

そこへなんと、一人の松葉杖をついた少女が歩いて来たのです。
そして私の前に立ち止まり、ニコッと笑ったかと思うと、やおら靴を脱いで手に持ち、私がすべって落ちそうで恐がっている道を、裸足になって松葉杖をついて歩いて行ったのです。
私はそれを見てムクムクと勇気が出てきて、その道を歩き始め、四十キロのヒマラヤの山越えをしたのです。
後で妻に追いつき、松葉杖の少女の話をしたのですが、不思議なことに、妻はその少女を見ていないというのです。
少女は私の前を行き、その前に妻がいて、雪の一本道、隠れる所もない道ですから必ず会うはずなのですが、会わなかったというのです。

その少女は、もしかしたら観音様だったのかもしれないと私は思いました。
私達はいつも誰かに導かれ、助けられているんだなと知ったのがこの旅でした。

その思い出が、今回のチベットへの旅のきっかけになり、私達はまた出かけました。

汽車/西寧

今度の旅の『導き』は、上海から西寧に向かう汽車の中で起こったのです。
同じ車両に、一人の日本人の男の人が乗っていて、挨拶代わりに話しにいったのですが、妙に話が合い、数分後にはお互い妙にくつろいで、彼は友人の死を目前にした事を話し出したのです。

彼の友人が冬の富士山を滑降するのに付き合っていた時、その友人のスキーの板が片方、何故か跳ね飛んで、友人は火口に吸い込まれて死んでしまった。
その友人は死ななければ、その数日後に結婚をして、新婚旅行にインドのダラムサラに行き、
ダライラマに会いたがっていた事を話しました。
そして
「僕はダライラマにそんなに興味はなかったんですが、友人の死から一年後に、パキスタンからインドに入るバイクの旅をしました。
 その時、インドの国境で地図を広げると、何故かいきなり『ダラムサラ』の地名が目に飛び込んできて、それまで行く予定がなかったんですが、これは何かの縁だなと思ってその足で
ダラムサラに行ってみました。
 そうしたら幸運と偶然が重なったのか、死んだ友人の導きか、僕がダライラマに会えたんです」

と、彼は話を続けました。

ダライラマ

それを聞いていた私達夫婦は、そんなに簡単に会えるのかなと思い、ちょっとうらやましさもあって
「で、ダライラマに会えてどんな感じだった?」
と聞きました。
「こう、筋肉という筋肉がゆるんで溶けてしまうような、うれしさというか、祝福を感じましてね」

と彼が答えた時、私達は同時に
「いずれ会ってみたい!」
と言っていました。
この時、私達の旅の予定には、ダライラマに会う事は入っていませんでした。

ダライラマの祝福  

ところが、その十日後ぐらいに、妻が着ていたTシャツのおかげで、チベットをまた強制退去。
そして何の準備もなしに、ダラムサラへと向かいました。
そこにダライラマが今いるかどうかも知らずに。

ダラムサラの笑顔

ダラムサラの地は、山の中腹にある小さな村でした。
でも、さすがインド。
物ごいが何人もいて、行く先々で手がのびてきます。
でも小さい村ですから、すぐ顔なじみになり、さっきあげたろと笑うと、彼らも笑い返すなごやかな雰囲気の村でした。
ダライラマ事務所で謁見を断られた後も、彼らのすべてを手放した様な笑顔を見ると
「いいじゃないか、そのうち会えるよ!」
と言ってくれている気がして、なんだかうれしくなるのでした。

ところがお寺で雨に降られて雨やどりをした偶然(?)から、私達はダライラマに会える事になったのです。

時間になったのでしょう。
ダライラマに謁見するチベット人達が、私達の目の前で集まり始めたのです。
そのチベット人達の嬉しそうな笑顔につられて、私達は立ち上がり彼らについてゆき、
ダライラマの住居の門まで行って、そこで入門を許可している人にもう一度頼んで見たのです。
もちろん断られました。
皆は、随分前から申し込んでいるのです。
でも、私達は何とかなりませんかと再度頼むと、何と、謁見が許可されたのです。
その数分後に来た西洋人は断られてしまいました。

人々に祝福を与えるダライラマ

門を入り、チベット人達の行列に私達も入り、ダライラマの住居の庭に行くと、笑顔で、ただ無私に訪ねてくる人々に祝福を与えているダライラマがそこにいたのです。
感激!

私の順番が来て祝福を受けた時、私の顔の筋肉はゆるんで、何故かとても、とてつもなくうれしくなってきたのでした。

この祝福に導いてくれた多くの人々に私は感謝をしました。
もちろん汽車で会った彼、ダラムサラの人達、妻や友人、ここに書けなかったのですが、
チベットで私を感激させてくれた物ごいの人達、すべての私の出会った人達が、私にとって観音様だとつくづく思った旅でした。

そして、この導かれていく旅は、次にどこへ行くのかとっても興味津々です。
すべてに感謝!


岡倉俊彦

FILAS14号より

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